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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)3号 判決 1997年8月28日

東京都新宿区西新宿2丁目6番1号

原告

カシオ計算機株式会社

同代表者代表取締役

樫尾和雄

東京都東大和市桜が丘2丁目229番地

原告

カシオ電子工業株式会社

同代表者代表取締役

峰尾進

原告ら訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

石川義雄

蔵田昌俊

布施田勝正

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

小池隆

吉村宅衛

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

「特許庁が平成8年審判第7403号事件について平成8年11月5日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和60年5月31日、名称を「印字制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、共同して特許出願(特願昭60-119346号)し、平成6年3月30日に特許出願公告(特公平6-23950号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成8年4月16日に拒絶査定を受け、その謄本は同年4月18日に原告らに送達された。

原告カシオ計算機株式会社は、審判請求人として「カシオ計算機株式会社」と記載した平成8年5月15日付け審判請求書(甲第2号証)を特許庁に提出し、平成8年審判第7403号事件として審理されることとなった。

原告らは、平成8年6月5日付けで、上記審判請求書の審判請求人の欄を「カシオ計算機株式会社」及び「カシオ電子工業株式会社」と補正する旨の手続補正書(甲第3号証)を提出した。

特許庁は、平成8年11月5日、原告カシオ計算機株式会社を名宛人として、「本件審判の請求を却下する。」との審決をなし、その謄本は同年12月2日に同原告に送達された。

2  審決の理由

本願は、昭和60年5月31日にカシオ計算機株式会社及びカシオ電子工業株式会社が共同して出願し、平成8年4月16日に拒絶査定がなされたものである。一方、本件審判請求は、その拒絶査定に対する審判を平成8年5月15日に請求人カシオ計算機株式会社が請求したものである。

しかし、本件審判は、特許を受ける権利がカシオ計算機株式会社及びカシオ電子工業株式会社の共有に係る特許出願の拒絶査定に対する審判であるから、この請求は、特許法132条3項の規定によって、上記共有者の全員が共同して請求しなければならないところ、その一部の者であるカシオ計算機株式会社によってなされたものであるから不適法な請求であって、その欠缺は補正することができないものである。

したがって、本件審判の請求は、特許法135条の規定により、これを却下すべきものとする。

なお、平成8年6月5日付けで請求人を上記共有者2名に補正する手続補正書が提出されているが、本件審判請求期間を経過した後の手続であり、認められない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由のうち、本願は、審決摘示のとおり、原告らが共同して出願し、拒絶査定がなされたこと、本件審判は、特許を受ける権利の共有者である原告らが共同して請求しなければならないものであること、原告らが審決摘示の手続補正書を提出したことは認めるが、その余は争う。

審決は、本件審判請求が原告らの共同請求であるにもかかわらず、原告カシオ計算機株式会社の単独請求であると誤って認定し、不適法な請求であると誤って判断したものである。以下詳述する。

(1)  審決は、平成8年6月5日にした手続補正について、「本件審判請求期間を経過した後の手続であり、認められない。」としているが、特許法の規定を誤って適用したものである。

特許法17条1項は、補正の時期的要件を「手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる。」と規定しているが、本件手続補正書を提出したのは平成8年6月5日であって、「事件が特許庁に係属している場合」に該当することは明らかであり、補正の時期的要件は満たされている。

(2)<1>  特許法131条2項は、補正の内容的要件を「前項の規定により提出した請求書の補正は、その要旨を変更するものであってはならない。」と規定している。

本件審判請求書(甲第2号証)には、原告カシオ計算機株式会社の事務担当者が、誤って、請求人として「カシオ計算機株式会社」のみを記載し、「カシオ電子工業株式会社」の記載が洩れていた。そのことに気付いた原告らは、審判請求から僅か3週間後の平成8年6月5日に、特許庁に対して審判請求書についての本件手続補正書(甲第3号証)を提出し、審判請求人をカシオ計算機株式会社及びカシオ電子工業株式会社と補正した。

本願発明は、原告らにとって重要なものであり、本件出願の拒絶査定に対しては、原告カシオ計算機株式会社が単独で不服審判を請求するという考えはなく、当然に原告カシオ電子工業株式会社もこれに不服であり、審判請求をする意思を有していたものであり、当初の審判請求書において審判請求人をカシオ計算機株式会社のみとしたのは、全くの事務上の手違いである。

本件出願の願書(甲第5号証)に記載された出願人は、カシオ計算機株式会社とカシオ電子工業株式会社の2名であり、「カシオ」の名前を共通にし、さらに両者の代表者の記載が「樫尾忠雄」と同一であることから、容易に親子または兄弟会社であると推認される。事実、カシオ計算機株式会社はカシオ電子工業株式会社の全株式を保有する親会社である。また、昭和63年3月以降は、親会社であるカシオ計算機株式会社の特許部が、子会社であるカシオ電子工業株式会社の特許出願、中間処理、特許の先行技術調査等の工業所有権の維持管理一切を行っている。

したがって、これらの事実、書面の記載から、出願人間で利害が対立したことにより、一方の出願人が単独で審判を請求したと考えるのは常識的ではなく、審判請求人の記載を間違い、慌てて手続補正書を提出したものと充分に推認されるにもかかわらず、審決においては、この補正が認められないとの判断を示して、審判請求人をカシオ計算機株式会社のみとする請求として取り扱っている。

しかし、もともと共同で審判請求する意思をもっていながら、事務上の手違いによって単独の請求としていた審判請求人の表示を、本来のかたちに補正することは、要旨を変更することにはならず適法な補正であるから、本件手続補正書を提出した平成8年6月5日にその補正の効果は生じているものというべきである。

単独でする意思によって請求されていたものを、後に共同請求するという場合であればいざ知らず、本件のように共同請求の意思をもちながら、手違いによって単独請求であるかのような見せ掛けとなったものは補正を認めるべきであり、その補正の効果が審判請求期間を経過したかどうかによって変わるものとする解釈は誤りである。

<2>  従来より特許庁は、一定の場合に限り審判請求人の補正を過誤によるものとして、要旨を変更しない補正として取り扱っている。すなわち、

工業所有権審判便覧22-03「共同審判について」には、「審判請求期間満了までに提出された書面(出願書類も参照。)によって、実質上共同審判であることの意思が表示されているか否かを推認し、意思が表示されているものと認められる場合には、審判長は手続の補正を命じ、請求人の応答の結果、その欠缺が補正されないものは決定をもって却下する。」と記載されており、一定の場合に限り審判請求人に審判長が補正を命じていることから、かかる補正は要旨を変更しない補正として取り扱っていることが明らかである。また、「表示上から意思があると認められる具体例」として、「イ 代表者選定届を提出した上でその代表者だけを記載している場合、ロ 代表者何某と記載している場合、ハ 何某外何名と記載している場合、ニ 共同出願人の全員が一人の代理人に対して審判の請求を委任したにも拘らず、代理人の過誤により審判請求人欄に一部のみしか記載しなかった場合、ホ 相続その他の一般承継の事実を表示している場合」が記載されている。「具体例」と記載されていることから、これらに限定されるのではなく、これらと同程度と判断される過誤による補正は、要旨を変更しない補正として取り扱われなければ公平性を欠き、法の一般原則である平等原則(憲法14条1項)に反し違法である。

上記ロ及びハについては、審判請求人欄に記載されていない共同出願人の審判請求の意思を推認することができる書面等は一切ない。したがって、これらの者から審判請求の同意が本当に得られているのかどうか証明されていないにもかかわらず、上記のとおり「実質上共同審判であるとの意思が推認される具体例」として取扱い、楠正を認めていることから、かかる具体例と同程度と判断される過誤による補正とは、審判請求期間満了までに提出された書面(出願書類も参照)から判断して、過誤による補正と推認されるものも含まれると解釈するのが妥当である。つまり、出願等の経緯からみて単独で請求することが考えられないような場合に、単独の氏名だけを記載したものを共同請求に補正する場合も、結果的には過誤による補正と推認できるのであるから、これを別異の取扱いとするのは不合理である。

<3>  よって、原告らの行った補正は、過誤による審判請求書の審判請求人欄記載洩れを補正したものであり、要旨を変更しない補正として取り扱われるべきであるから、補正の内容的要件も満たしていることになる。

(3)  以上のとおり、本件審判請求書の補正は時期的にも内容的にも特許法の規定を満たしており、当該補正は認められないとした審決の判断が違法であることは明らかである。

したがって、上記補正により、特許を受ける権利の共有者である原告らが共同して本件審判請求をしたことになり、特許法132条3項が規定する要件を充足する。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。

審決の認定、判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。

2  反論

(1)  原告カシオ電子工業株式会社が本件審判の請求人とされるためには、特許法の規定するところに従い、要式行為である審判請求書の提出により本件審判を請求する意思を表示すべきであったのであり、また少なくとも、審判請求に係る書類自体の中に、実質上審判請求が同原告によってもされていると推認させるものが含まれていなければならないというべきである。

ところが、本件審判請求書には、請求人の欄に原告カシオ計算機株式会社の住所、名称、代表者の氏名の各記載及び代表者の押印はされているが、カシオ電子工業株式会社に関する記載は一切ない。加えて、審判請求が、実質上、特許を受ける権利の共有者全員の意思によってされたものであると推認するに足りる書面等も審判請求時には提出されていなかった。

してみれば、原告らにその主張するとおりの事務上の手違いがあるか否かに関わりなく、カシオ電子工業株式会社が本件審判請求の請求人であるとする根拠は見出せないものといわなければならない。

(2)  本件手続補正書による審判請求人の表示の補正の趣旨は、原告らが共同して審判を請求することにあるものと解されるとしても、本件補正は審判請求期間経過後のことに属するから、特許法121条1項の規定に抵触し、不適法というべきであり、さらに、特許を受ける権利の共有者の一人により単独でされたと認められる審判請求を、共有者全員のものに変更しようとするのであるから、請求書の要旨を変更するものというほかなく、同法131条2項の規定によっても許されないものというべきである。

本件事案は、工業所有権審判便覧22-03「共同審判について」に掲記されている具体例に適合しないものであるから、該具体例と同程度と判断される過誤による補正と推認される旨の原告らの主張は、同便覧中の当該記載の趣旨を正解しないものであり、妥当ではない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  当事者間に争いのない請求の原因1の事実によれば、本願は原告ら両名が共同して特許出願したものであって、特許を受ける権利は原告ら両名の共有に属するものであることは明らかであるから、本件拒絶査定に対する審判請求は原告らが共同して行うことが必要である(特許法132条3項)。

ところが、本件審判請求書(甲第2号証)により、本件拒絶査定に対する審判を請求したのは原告カシオ計算機株式会社のみであり、審判請求人を原告ら両名と補正する手続補正書(甲第3号証)が提出されたのは、特許法121条1項所定の期間を経過した後であるから、この手続補正書によって、原告カシオ電子工業株式会社が審判請求期間内に本件拒絶査定に対する審判を請求したものとすることができないことは明らかである。

したがって、本件審判請求は不適法というべきである。

(2)<1>  原告らは、原告らが本件手続補正書を提出したのは、特許法17条1項に規定する「事件が特許庁に係属している場合」に該当することは明らかであり、補正の時期的要件を満たしているとして、審決が、「本件審判請求期間を経過した後の手続であり、認められない。」とした点について、特許法の規定を誤って適用したものである旨主張する。

しかし、審決が、「本件審判請求期間を経過した後の手続であり、認められない。」としたのは、本件手続補正書による審判請求人の表示の補正が、原告らが共同して本件拒絶査定に対する審判を請求するという趣旨のものであるところ、本件手続補正書が提出されたのは審判請求期間を経過した後であることから、特許法121条1項に抵触するものであるとの判断を示したものであって、補正手続自体の時期的要件を問題にしているわけではないから、原告らの上記主張は失当である。

<2>  原告らは、請求の原因3(2)<1>のとおり、もともと共同で審判請求をする意思をもっていながら、事務上の手違いによって単独の請求としていた審判請求人の表示を、本来のかたちに補正することは、要旨を変更することにはならず適法な補正であるから、本件手続補正書の提出により補正の効果は生じているものというべきであり、その補正の効果が審判請求期間を経過したかどうかによって変わるものとする解釈は誤りである旨主張する。

しかし、特許法131条1項が、審判を請求する者は、「審判事件の表示」、「請求の趣旨及びその理由」と並んで、「当事者及び代理人の氏名又は名称及び住所又は居所並びに法人にあっては代表者の氏名」を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならない旨規定するとともに、同法132条3項が、「特許権又は特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同して請求しなければならない。」と規定していることに鑑みれば、同法は、特許を受ける権利の共有者が共同出願人である場合、これら共有者が拒絶査定不服の審判を請求するに当たっては、共有者の全員それぞれが審判を請求する意思のあることを、審査手続におけるそれまでの経緯と離れて改めて、審判請求書に表示する要式行為によって明示することを求めたものであり、これによって何人が審判請求人であるかを一律に確定しようとしたものであると解される。

本件において、審判請求書には、審判請求人として原告カシオ計算機株式会社のみが記載され、原告カシオ電子工業株式会社も共同請求人であることを窺わせるような記載はなく、また、本件審判請求期間満了までに、原告カシオ電子工業株式会社も実質上共同請求人であることを推認させる書面が提出されていたことを認めるべき証拠はない。

しかして、原告らが主張するような事情があるとしても、本件審判請求は原告カシオ計算機株式会社により単独でなされたものと認められる以上、本件手続補正書により審判請求人の記載を原告ら両名に補正することは、本件審判請求書の要旨を変更するものというべきである。

したがって、原告らの上記主張は採用できない。

<3>  原告らは、請求の原因3(2)<2>のとおり、工業所有権審判便覧22-03「共同審判について」所載の具体例と対比して、本件のように、出願等の経緯からみて単独で請求することが考えられないような場合に、単独の氏名だけを記載したものを共同請求に補正する場合も、結果的には過誤による補正と推認できるから、これを別異の取扱いとするのは不合理である旨主張する。

特許庁審判部編「工業所有権審判便覧」(甲第4号証)の22-03「共同審判について」には、特許法132条3項の規定に違反して請求された審判事件について、「審判請求期間満了までに提出された書面(出願書類も参照。)によって、実質上共同審判であることの意思が表示されているか否かを推認し、意思が表示されているものと認められる場合には、審判長は手続の補正を命じ、請求人の応答の結果、その欠缺が補正されないものは決定をもって却下する。」と記載され、「表示上から意思があると認められる具体例」として、「イ 代表者選定届を提出した上でその代表者だけを記載している場合、ロ 代表者何某と記載している場合、ハ 何某外何名と記載している場合、ニ 共同出願人の全員が一人の代理人に対して審判の請求を委任したにも拘らず、代理人の過誤により審判請求人欄に一部のみしか記載しなかった場合、ホ 相続その他の一般承継の事実を表示している場合」が記載されていることが認められる。

上記具体例のうち、原告らが比較の対象として取り上げる「ロ 代表者何某と記載している場合」及び「ハ 何某外何名と記載している場合」は、いずれも「代表者」、「外何名」の各記載があることによって、実質上共同審判の意思が表示されていることが推認されることから、上記のような取扱いをしているものと推察される。

しかし、本件の場合、本件審判請求期間満了までに提出された書面によっては、原告らに実質上共同審判の意思があるものと認めることができないことは前記説示したところから明らかであるから、上記審判便覧に記載のものと同様の取扱いをしなければならないということにはならない。

したがって、原告らの上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであって、本件審判請求を不適法であるとした審決の判断に誤りはなく、取消事由は理由がない。

3  よって、原告らの本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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